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「脆弱な石油市場と石油価格上昇」

中東・石油問題アナリスト 中村 玲子氏

2007年11月16日更新

商品相場の上昇が止まらない。石油も例外ではなくNYMEXのWTI原油期近物価格(終値)は9月13日に史上初めてバレル当たり80ドル台に突入したが、10月に入ると更に騰勢を強め、10月2日に90ドルを超え、さらに11月2日には95.93ドルを記録した。この日、金価格もやはり28年ぶりに800ドルを突破した。

イラク戦争前後から石油産業を取り巻く環境は変化し、価格のボラティリティーは高まり、かつ上昇圧力にさらされる傾向が強くなっている。それは石油のサプライ・チェーンの様々な局面で余剰能力が縮小し、調整能力が劣化していることに伴う変化である。供給面では、OPEC諸国の余剰産油能力は10%程度に縮小し(1980年代は20〜50%)、またOPECが高価格維持を目標とする中で、OPECの増産意欲は小さい。タンカー、パイプラインなどの輸送インフラも余剰能力は小さく、消費国の精製能力もほぼ限界といった状況で、小規模事故や自然災害などによる供給障害によって価格が跳ね上がるといった現象がしばしば見られる。

また、NYMEXのWTI原油価格が世界の石油市況を主導し、米国市場の動向が世界の石油市況に直接影響を及ぼしていることはいうまでもない。春から夏場にかけて原油価格が上昇し、初秋に一服するという価格変動パターンが多く見られるのも、米国のガソリン事情を反映したものである。米国では石油需要の半分以上が輸送用燃料、45%がガソリンと、石油需要の中で大きな地位を占めている。しかも1995年からガソリンの環境規制を開始し、2005年にこれが変更、強化され、季節、地域によってガソリンの規格が異なり、30種以上のガソリンが流通している。複雑な規制がガソリンの地域間取引を阻み、ガソリン需給逼迫=価格上昇の要因ともなり、また事故などへの対応力を小さくしている。

2006年夏は世界的な石油需給に大きな問題はなかったが、アラスカ原油輸送パイプラインの操業停止、ハリケーンによるメキシコ湾岸石油関連施設被害といった米国市場における供給面での問題に加え、中東他産油国の政治リスクが高まって、7〜8月の石油価格上昇となった。だが8月初めに80ドル弱に達した後市況は沈静化し、2007年初には50ドル台前半まで下落した。ガソリン需要のピークを過ぎた後は、高価格に伴う需要の減退や暖冬、OPEC諸国の増産などもあり、結果、IEAによれば、2006年の世界の石油需給は供給が需要を60万バレル/日供給を上回り、OECD諸国の民間石油在庫は2006年1年間で1億3400万バレル、5.2%増加した。秋以降の石油価格下落は、実需給からして当然の結果でもあった。

今夏も同様の事故、自然災害、紛争が多発しており、春先から石油価格は上昇した。だが、2006年と異なって価格上昇はガソリン需要期を過ぎてから特に激しくなっている。8月以降の価格高騰は、サブプライム・ローン問題により投資資金が株式や債券市場から商品市場に流れたことが大きいとされるが、2007年は2006年と異なって石油在庫が減少しており、しかも米国のガソリン在庫減少が顕著で、5月以降は過去5年平均を大きく下回る水準にとどまる。原油在庫は比較的高水準ではあるが、それでも10月末現在で前年同期に比べ21.6%低い。

在庫減少の背景となっているのは、価格高騰にもかかわらず中国を初めとする新興諸国の石油需要が底堅い一方、OPEC諸国の生産抑制もあり、需給が堅調だという点にある。2007年第三四半期、第四四半期も需要が供給を上回り、さらに在庫が取り崩される見込みだ。OPECが11月1日から50万バレル/日の生産上限引き上げを決定しているとはいえ、今後も政治ニュースや紛争報道、在庫統計の発表などが契機となり、価格の上昇ないし高価格維持となる可能性は高い。

ちなみにOPEC諸国あるいは中東の主な政治・軍事不安要因だけでも、以下のような問題を指摘できる。ナイジェリア反政府勢力による石油施設破壊工作、イラク国内の治安情勢、イスラエル・パレスチナ間紛争。こうした武力衝突はあまりに日常化しており、大きく報じられることすら無い。

さらにトルコ議会がイラク領内のクルド反政府勢力に対するトルコ軍の越境攻撃を承認したことで、トルコ、イラク国境地帯での軍事衝突が懸念される。トルコ政府はイラクにクルド独立国家が建設されることを危惧しており、反政府勢力の鎮圧というよりイラク領内も含めたクルド独立運動の押さえ込みを図っているとも言われる。現在、イラク北部からの産油量は50万バレル/日程度でイラクの産油量の四分の一程度に過ぎないが、イラク有数の産油地帯が戦争状態に陥れば、国際石油市況への影響は大きい。

また、イランによる核開発疑惑やイラク・シーア派への支援は、ブッシュ政権の対イラン政策を硬化させている。ブッシュ政権は経済制裁を強化しつつ、軍事的解決の可能性も否定していないとされ、ブッシュ退陣前の2008年にも軍事攻撃があるのではないかとの噂もある。一方、イスラエル軍機9月初めにシリア国内施設を攻撃したことが明らかとなり、核施設への爆撃ではないかなどと、様々な憶測を呼んでおり、今後に不安を抱かせている。

冬の需要期に入り、寒波が到来したり、あるいは上記のような政治、軍事的緊張が高まれば、現下の情勢では石油価格上昇は避けられないだろう。サブプライム・ローン問題が何らかの進展を見せることがあったとしても、石油市場を取り巻く基本的情勢に変化はなく、石油情勢の安定はなかなか望めないだろう。


中村 玲子(なかむら れいこ)

1975年 新潟大学人文学部経済学科卒業
 同年(財)中東経済研究所入所
1990年〜1992年 中東経済研究所カイロ事務所長
2003年 中東経済研究所退職、現在に至る

中東、エネルギー問題に関する論文、著書多数