3歳の頃より母である書道家、武田双葉(そうよう)から学んだ「書」をコミュニケーションツールの核として、出会うあらゆる人々の心を開こうとする武田双雲(そううん)氏。書道家としての活動は一点に依ることなく、音楽家とのコラボレーションによるパフォーマンス書道やメディアへの出演、執筆と幅広い。また、筆で自由に書くことの楽しさを教える書道教室を海の香と潮風が吹き抜ける湘南で開いている。
何ものにも囚われない軽やかな世界観を持つ双雲氏は、投資やリスクについてどのようなイメージを描いているのか。日々の些細な出来事から壮大な宇宙の話までを織り交ぜながら、湧き上がるように発せられる双雲流の言葉で語っていただいた。
Profile:武田双雲(Souun Takeda)
1975年、熊本県生まれ。1998年3月東京理科大学理工学部卒業後、同年4月にNTT入社。2000年8月NTT退社後、名刺作りのネットビジネスやストリートで「書」を書くパフォーマンス活動を経て、2001年1月書道家として独立。2008年現在、書道教室『ふたばの森』を主宰し、湘南を本拠として創作活動を続けている。2003年上海美術館より「龍華翠褒賞」、イタリアフィレンツェ「コスタンツァ・メディチ家芸術褒賞」受賞。2005年伊勢神宮、2007年乃木神社にて献書を行う。揮毫した題字は、吉永小百合主演映画「北の零年」、三島由紀夫原作映画「春の雪」、愛・地球博のメインパビリオン「グローバルハウス」など多数。近年コラボレーションしたアーティストは野村萬斎(狂言師)、B'z(ミュージシャン)など。主な著書に『たのしか』(作品集・ダイヤモンド社)、『「書」を書く愉しみ』(光文社新書)『書愉道』(池田書店)などがある。
武田双雲公式サイト:http://www.souun.net/
1.書道家としての基本、人としての基本
3歳から母親に書道を習っていましたが、書道家になろうとは思っていませんでした。転機はNTTの先輩に頼まれて作った名刺をみんなが褒めてくれたことです。初めて集中して一所懸命作ったものが褒められた。そのことが嬉しくて、大事件で、これで飯食うと直観で思って、勢いのまま会社を辞める決心をしました。起業という言葉も知らず、商売とか書道で身を立てようとも思わず、戦略・戦術もなかったのでみんなに止められましたが、名刺制作で食っていこうと会社を飛び出したのです。
インターネットで商売を始めましたが、食うための利益を追っているうちにモチベーションが上がらなくなってきました。そのとき横浜で出会った一人のストリートミュージシャンが商売ではなくサックスを吹く姿に感動して、自分のしたいことが漠然とわかりました。原点は儲けることより褒められたこと。それとみんなが私の字を見てすごいと歓声を上げたときの表情が忘れられなかった。もう一度あの感覚を味わいたいとストリートで「書」を書き始めましたが、誰も立ち止まりませんし褒めてもくれない。お金にもなりませんでした。そのうちに考え方を人を元気にしたいということに集中していったら、不思議と人が集まり始めたのです。
苦しんだり、悲しんだり、不器用だったりする人たちとストリートで出会い、書道は上手い下手ではないという基本に気づきました。上手いだけで人は感動しないし、上手いという感動の幅は小さい。私の「書」を見て元気が出たとか涙が出たとか上手い下手以上の心に響く部分、サックスプレイヤーと同じで、理由もなく感動してくれたことが私のモチベーションを上げたのです。自分にはモチベーションが上がることしかできないことにも気づきました。
人は喜んだり感動すると元気になったり、ふさぎ込んでいた心が開いたり、自分の可能性に気づいたりします。人を感動させることを基本に今まで走り続けてきましたが、人生においてそれ以外は考えていません。想いは今もシンプルです。もしかしたらそれは書道家でなくても可能かもしれない。苦手でモチベーションが上がらないことではなく、ご縁があって得意なものでかつモチベーションが上がって、コラボレーションで実現したこと、たとえばこのインタビュー記事を見た人が喜んでくれたらそれでいい。特定の何かに軸を置かず、個展、テレビ、書道教室など、今できる最大限のことで深く大きく人の心を豊かにしていきたいと思っています。
リラックスは良い「書」を書くための基本ですが、逆に「書」には人をリラックスさせる効果があります。人間は感知能力に優れ、何もしないときはあらゆるものと自分を比較する生き物です。いつも人と比べてコンプレックスを感じ、焦って常に緊張している私たちがリラックスするには何かに集中するしかない。瞑想に近い書道はうってつけです。たとえば「さんずい」を書くときに雑念は浮かばないもの。無心となり比べなくなることで心が解放されるからリラックスできるのだと思います。
湘南のアトリエにてインタビュー
編集:鈴木 佐知子
取材後記
駅を降り潮風を感じながら趣のある住宅街をそぞろ歩いて5分ほどの場所にある双雲先生のアトリエ。190センチ近い長身、がっしりした体躯の双雲先生は、大学卒業までは視野が狭かったこと、NTTのサラリーマン時代にリアルな人間社会への好奇心が芽生えたことやサラリーマンとまったく違う価値観と世界で生きている両親、特に書道家としての母親のかっこ良さを客観視できたことなど赤裸々なエピソードをとても気さくに語ってくださいました。お話を聞きながら強く思ったことは、人物そのものに魅力があるということ。たちまち書道家双雲のファンになってしまいました。



