日本を代表する大手商社、丸紅の有する経済研究所で所長を務める柴田明夫氏。資源問題の第一人者として、エネルギー、食糧、水とテーマを変え、異なる角度から提言されるレポートと価格高騰の本質に迫る論調には定評がある。メディアからの出演依頼も多く、テレビ朝日系「サンデープロジェクト」、テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」などでコメンテーターとして良質な情報を発信している。
資源の安い時代は終わりを告げ、世界は今、原油100ドル時代を迎えつつある。エネルギーと食糧市場が限りなく歩み寄る現実の中で日本はどこへ向かい、どう発想を変えていくべきなのか。コモディティを巡る動きを交えながら、冷静に解説していただいた。
Profile:柴田明夫(あきお しばた)
1951年栃木県生まれ。1976年3月東京大学農学部卒業後、同年丸紅株式会社に入社。鉄鋼第一本部、調査部を経て、2000年に業務部(丸紅経済研究所)産業調査チーム長。2002年に同研究所主席研究員。2003年に同副所長。2006年現職の同所長に就任。経済企画庁(現・内閣府)「地球環境・エネルギー・食料問題研究会」委員、農林水産省「食料・農業・農村政策審議会」臨時委員などを歴任。
主著書は近著の「水戦争 水資源争奪の最終戦争が始まった」(角川SSコミュニケーションズ)のほか、「エネルギー争奪戦争」(PHP研究所)、「食糧争奪―日本の食が世界から取り残される日 」「資源インフレ―日本を襲う経済リスクの正体」(日本経済新聞出版社)、「商社の新実像」(共著、日刊工業新聞社)などがある。
持続的、かつ高い成長軌道に乗る中国・インド、新興国:<第2回>
市場動向や産業状況が価格の変化という形でマーケットに現れたのは穀物では2006年ぐらいでしょう。2000年代に入って明確化したことは、消費が伸びる中、生産が追いつかず世界の在庫が取り崩されているということです。この背景にはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、チャイナ)現象があります。特に7〜8割を占める中国の影響が大きいですが、続くベトナム、インドネシア、中東諸国も急速に成長し、アフリカ53カ国も6%台の成長と全体が押し上げられています。新興国の成長の中身は港湾や高速道路や発電所などのインフラ整備を含む工業化です。工業化が進むと所得も伸び、食生活も量だけでなく質の面でも豊かになります。新興国が持続的な高い成長軌道に乗ったことを受け、金属資源も含めたエネルギー資源や食糧の需要が単年度ではなく累積的に拡大するという局面に入ってきました。これが資源価格を押し上げる構図となっています。
90年代まで世界経済の牽引役は人口にして8億弱の先進国であり、世界の経済成長への先進国の寄与率は5割弱でした。今は2割ほどで経済成長の7、8割は中国、インドをはじめとする新興国が引っ張っています。パラダイムシフトがまさに起こっているわけです。
サブプライムローン問題を抱えるアメリカ経済のリセッションは避けられないという構図の中で、その影響が中国やインドにも及ぶのかというと、私は中国経済がハードランディングする状況ではなく、GDPへの影響は1%程度で、10%以上の成長を続けるとみています。根拠は中国の内需が拡大し自律的な成長パターンに入っていることです。今までは輸出はアメリカが最大の相手国で、投資もアメリカからの外資が沿海部に直接投資して成長を支えてきました。仮に、アメリカの景気後退が2002、3年に起きたら、中国は一緒に崩れていく可能性が高かったでしょう。しかし、2007年の中国はそれまで1割程度だった消費の伸びが前年比2割に拡大しています。輸出も対米ではなくヨーロッパや周辺アジア諸国向けが伸び、投資も外資の直接投資は一巡してピークアウトしつつありますが、約4割の高い貯蓄率をベースにした内陸部への投資が増えています。すなわち内需主導の成長となっているわけです。インドも潜在的に大きい国内マーケット向け消費と投資主導で伸びています。中国、インドが自律型の成長パターンに入ると、ブラジルやロシアなどの資源輸出国が中国、インド向けの輸出を増やします。この結果、BRICs経済全体が非常にしっかりしてきているといえるのではないでしょうか。
日本は今、三重苦に見舞われています。ひとつはアメリカのサブプライムローン問題に端を発した株式市場の急落や円高・ドル安。もうひとつは国内の官製不況です。改正建築基準法や食品の規制強化の影響もこれから出てくるでしょう。最後に原油高、資源高の製品価格への転嫁が進まないこと。転嫁可能な大企業と転嫁できない中小、零細、地方の企業という構図が見えてきますが、転嫁できないと日本経済は厳しい状況となるでしょう。2002年1月から続く戦後最長の景気拡大は、踊り場に差しかかってきていますが、日本経済にリセッションは起こらないと思います。なぜなら歯止めがいくつかあるからです。ひとつは円高で輸出が鈍化するとはいえ、BRICsやヨーロッパ向けは堅調だということ。それから改正建築基準法も問題が生じましたが、前年比4割も住宅着工が落ちるところからは回復しています。原油や食糧価格の高騰に対しても価格転嫁をせざるを得ない局面を迎えて変化が進みますから方向としては良い方に向かうと考えています。
「丸紅経済研究所」にてインタビュー
編集:鈴木 佐知子
取材後記
デカップリング論について柴田所長は「グローバーリゼーションが進んでいる中では矛盾した話ではある」とおっしゃっていました。ただ、自立性を持った中国やインドに世界経済の成長の重心が移ったことで、「アメリカでリセッションが起こっても、相対的にBRICsの堅調さが際だち、むしろデカップリングが起こってくる状況なのでは」とのお考えもお持ちのようです。
他国経済の影響をまったく受けずに暮らすことは困難だという時代に私たちは生きているということを柴田所長のお話を聞いて強く実感しました。



