大学卒業後、内定していた故郷山形県の高校教師への道を選ぶのではなく、夢であったプロの力士への道を選んだ舞の海 秀平氏。当時の新弟子検査では基準に満たなかった身長を、頭へシリコンを注入することで高くし、角界入りを果たした。土俵の上では、小柄であることを自らの強みへと昇華させ、他の力士には真似のできない数々の技で勝ち名乗りを上げる戦いぶりに、相撲ファンのみならず日本中が熱狂した。引退後は親しみやすいキャラクターを活かし、「相撲界のスポークスマン」として、相撲の魅力を広く伝える活動を精力的に行っている。
現役時代、体を鍛える中で技を磨き、心も鍛えた相撲人生を振り返りながら、勝負の世界で生きるコツや心技体を鍛えるコツについて熱く語っていただいた。
Profile:舞の海(まいのうみ)
1968年青森県生まれ。日本大学(経済学部)では相撲部に所属。卒業後の1990年5月、出羽海部屋に入門。同年、幕下付出しとして初土俵を踏む。1991年3月には、「舞の海」という四股名で十両に昇進し、同年の9月に幕内入りを果たす。1994年に小結昇進、最高位となる。角界の中では小柄な身体を活かし、「猫だまし」「八艘飛び」「三所攻め」など数々の技をくりだし、「技のデパート」の異名をとり、技能賞を5回受賞。幕内通算成績は、241勝287敗12休。1999年11月引退。2007年現在、NHK大相撲解説者、スポーツキャスターなどを務める。 著書に「はじめての大相撲」(岩崎書店)、「土俵の学校 フォト対談集」(近代映画社)などがある。
どん底からの切返し:<第2回>
一番大きい怪我といえば、1996年夏場所での小錦関との一番で受けた左膝の損傷です。300キロの体重がのし掛かったとき、バキッという音がしましたが、その時は興奮していたので痛みをまったく感じませんでした。支度部屋まで歩いて戻ったときは屈伸したりして、頭には明日どうやって出場しようかということしか浮かびませんでした。ところが、夜中にうずいてきて、朝になったら痛くて膝は完全に動かなくなっていました。
リハビリは、普段の苦しい稽古よりも更に苦しいものでした。私の場合は普通の生活に戻るために毎日少しずつリハビリするというのではなく、突貫工事です。復帰までの期限が決まっていましたから、まだ痛みもあるうちに普通の人の何倍も早いペースで、過酷なトレーニングをしていくわけです。その苦しいリハビリに本気で挑むために、精神を持ち直していくまでが一番苦しかった。一度切れてしまった気持ちをどのように繋げていけばよいのだろうと悩みました。
とはいえ、最初はふてくされてベッドに寝ていました。ところが、休場していますし、毎日時間があるわけです。怪我をしたときの興奮も冷め、いつもの自分に戻ったとき冷静にいろいろなことを考えました。怪我を乗り越えて復帰するという経験をしないまま引退したら、貴重な経験をひとつ失うことになるのではないか。引退の道がひとつ、リハビリして復帰する道がひとつ。老後になって自分の人生を振り返ったときにどちらの道を選んだら気持ちよく過去を思い出せるだろうか。引退は逃げることと同じ。困難から逃げるずるい自分を好きになれるだろうかなどです。大怪我をしてどん底に落ちたつもりになっていましたけれど、私の怪我は、相撲の歴史が始まって以来の大怪我ではないし、もっとどん底があるのではないかとも考えるようになりました。過去にはこれくらいの怪我を乗り越え復帰している力士もいるのですから、自分を自分で可愛そうだと思う悲劇のヒーローになることはやめようとも思いました。そんなことを毎日考えていたら、復帰する道を選ぶしかないと心が決まったのです。
リハビリで膝が回復するという確信はありませんでした。初めての経験ですから、途中で内出血することや、痛みがあっても悪い痛みではないということがわからないですから、良くなっていくという実感がわかないのです。だから、とても不安でした。それでも乗り越えられたのは、このリハビリができなければ恥ずかしいというプライドがあったからでしょう。
怪我をした当初は、自分の立てた目標以上のことを達成できたし、モチベーションも上がらないし、「もういいか、この辺で」という気持ちになっていました。しかし、応援してくれる人もいますし、もう一回頑張らないといけないと思い直したのです。自分一人のためでしたら、あの時点でとっくに辞めていたと思います。
舞の海カンパニーにてインタビュー
編集:鈴木 佐知子
取材後記
インタビューに答えながら、「相撲の話は、言葉で表現するのが難しい。思っていることをうまく伝えたいのですが伝えることができないので、解説していてもいつもここが悩みどころです。」とおっしゃるのをお聞きして、相場の魅力を言葉で伝えるのが難しいのと似ていると感じました。
どん底に落とされたとき、人は簡単には気持ちを切りかえられないものですが、舞の海氏がそうしたように、じっくり自分の心と対話する時間を持つことが、立ち直る心を取り戻すためには必要なのだと思いました。



