数々のシンクタンクでエコノミストとしての実績を積み上げ、自らの読みで最大の研究対象に据えたBRICsを冠した経済研究所を立ち上げた門倉氏。新聞、雑誌、Webサイトなど様々なメディアへ日々発信している情報は、BRICs経済のみならず日米、アジア、地下経済など多岐にわたっている。専門を活かした講演依頼は引きも切らず、執筆もハイペースでこなす多忙な毎日を送っているという。
今もこれからも旬であり続ける「新興国」をテーマに見据える門倉氏の眼に、金価格の高騰や投資マネーに溢れ返る世界の状況はどのように映っているのだろうか。その答えを変化の早い時代を切り取る独自の視点を通じてわかりやすい言葉でお話しいただいた。
Profile:門倉貴史(たかし かどくら)
1971年神奈川県生まれ。1995年慶應義塾大学経済学部卒業後、(株)浜銀総合研究所入社。1999年(社)日本経済研究センターへの出向、2000年シンガポールの東南アジア経済研究所(ISEAS)への出向を経て2002年4月から2005年6月まで(株)第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミストを務める。2005年7月よりBRICs経済研究所代表。2007、08年度同志社大学大学院非常勤講師。
主著書は近著の「官製不況 なぜ「日本売り」が進むのか 」(光文社新書)のほか、「ワーキングプア」(宝島社新書)、「世界一身近な世界経済入門」(幻冬舎新書)、「中国が世界を買いあさる」(洋泉社)「BRICs 新興する大国と日本」(平凡社新書)「こっそり儲ける経済学―人には教えたくなかったおいしい仕事の秘密」(三笠書房)などがある。
ワーキングプアが与える影響:<第4回>
今までは各種の原材料価格が上がっても企業が生産性の上昇によってコスト高を吸収し、最終価格には転嫁しないできたのですが、これだけ原油の価格や他の原材料価格が上がると限界です。物価にも上昇圧力がかかって、私たちにとって身近な製品や食品が相次いで値上がりするようになってきました。
ワーキングプアといわれる年収が200万円に満たない人たちは、2000年代に入ってから年々増えています。そういう状況の中で物価が上がるのは危険な兆候です。ただ、それは日本だけではなく、アメリカでもワーキングプアが増えていますし、韓国、台湾、中国でも増えていて、世界全体の問題になってきています。
日本がなぜ特に深刻かというと、今まで企業が賃金を抑制してきたので賃金が上がる前に物価が上がり、実質的には購買力が下がっているからです。他の国の場合には賃金も比較的早いペースで上がっていましたので、インフレ率が高まっても実質的な購買力がそれほど落ちていません。モノの値段が上がっても賃金が同じペースで上がれば問題は起こらないのですが、日本では特に非正社員、エンゲル係数(消費支出に占める食費の割合)が高い人たちには打撃になります。生活が逼迫してくるということでこれから深刻さが増してくると思います。
これまで日本は輸出頼みで経済成長を遂げてきましたが、サブプライムローン問題の影響でアメリカ経済が減速すると、新興国の需要に活路を見出すということはあっても、これから先、全体としての輸出は伸びづらくなってきます。日本経済が失速しないためには、消費や投資が伸びないと困ります。そのためには国民全体の平均的な消費を伸ばす必要がありますが、収入が極端に少ないワーキングプアが増えて国民全体が十分な消費ができない状況になると、消費が景気を支えるのは難しいでしょう。
日本の物価上昇率は世界的に見るとそれほど高くありません。むしろ低いレベルにあります。ただ、これからは急速に上がる可能性があります。一度、スタグフレーション(物価は高騰しているのに景気は低迷している状態)に陥ると、そこからの脱却は非常に難しくなります。生活必需品については一時的に統制価格のような制度を導入するのもひとつの手ではないでしょうか。政府が一時的にコストを引き受けて補助金を与え、生活必需品の値段を一定に据え置くのです。新興国のなかにはそういった形でインフレを抑えようとしている国もあります。
日本は人口が減っていますので、一人一人の労働者が生産性を上げないと経済成長できない状況になっています。しかし勤労意欲が出てこない。国の政策を見ていると今はもう何がしたいのがわからない状態です。とりあえず方向性を示してほしい。言葉としては「教育の改革」を掲げてワーキングプア対策やフリーターの雇用促進政策などの対策は打ち出していますが、フリーターの雇用改善には繋がっていないのが現状です。
私は経済を効率化する構造改革についてはこれからも強力に進めるべきだと考えています。企業は自由に競争してくださいということですから、当然、競争力のないところは淘汰される。その際、雇用の問題を含めて構造改革によるマイナスの影響をできるだけ小さくしてあげるのが政府の非常に重要な役割になると思っています。
品川駅近くのミーティングルームにてインタビュー
編集:鈴木 佐知子
取材後記
最終回ではワーキングプアの本質について詳しくお伺いしました。ワーキングプアの問題は景気全体を揺るがす不安要因になっているとのこと。解決の一番有効な手だては「企業が少し長い目に立って、コストを商品価格に転嫁するのであれば賃金も同じように上げること」だと門倉氏は言います。
4回の取材を通じて門倉氏が著書『世界一身近な世界経済入門』で提示する「高成長を可能にする5つのエンジン」@豊富な天然資源 A若年労働力の増加 B外資の積極的な導入 C購買力のある中産階級の台頭 D政情の安定 を持つ新興国の底力を思い知りました。活力ある新興国が生み出す潤沢なお金の受け皿に、東京工業品取引所を含めた日本の金融市場がなることを期待したいと思います。



